大判例

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東京地方裁判所 昭和52年(わ)3250号 判決 1978年6月13日

主文

被告人を罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある写真誌一〇冊(昭和五二年押第一九五四号の一ないし一〇)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、書籍の販売等を目的とする有限会社サス企画の代表取締役であるが、別表記載のとおり、昭和五一年七月二二日ころから同五二年一二月一日ころまでの間、一七回にわたり、東京都新宿区西新宿六丁目一六番一一号三井ビル内株式会社ジエーピーシー(代表取締役上村満弘)ほか二か所において、同会社ほか二名に対し、男女の性交・性戯の姿態を撮影したわいせつカラー写真を随所に掲載した写真誌「カラークライマツクス18」ほか一一誌合計五万六三〇〇冊を代金合計一九八八万四〇〇〇円で売り渡し、もつてわいせつ図画を販売したものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、本件各写真誌が刑法一七五条のわいせつ図画に該当しないとの主張について

刑法一七五条にいう「わいせつ」の意義については、わいせつ文書についてではあるが、最高裁判所の累次の判例により「その内容が徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」ものをいうとの判断が示されているところであり(最高裁判所昭和三二年三月一三日大法廷判決・刑集一一巻三号九九七頁、同四四年一〇月一五日大法廷判決・刑集二三巻一〇号一二三九頁等参照)、当裁判所も最高裁判所の右判断に従うものである。

ところで、性を取り扱つた文章、写真、絵画等においては、その性質上多かれ少なかれ、それを読み、あるいは見る者に対し、性的刺戟を与える部分を伴うのが通例であるが、その性的刺戟の程度には、その表現方法により強弱の差異が存するのであつて、刑法一七五条により処罰の対象とされるのは、これらの文章、写真、絵画等のうち、その性的刺戟の程度が前記のとおり「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」に至つたものに限られるのである。

そこで、これを本件各写真誌についてみると、本件各写真誌には、いずれも男女の性交、性戯(以下「性行為」という。)の状況等を撮影したカラー写真又は白黒写真が随所に掲載されているのであるが、これらの写真は、いずれも男女の性器及びその周辺部分を黒色で塗りつぶして修正したうえ印刷されたものである。これらの写真(正確には写真を印刷したものであるが)は、これを見る者に性的刺戟を与えるものであることは明らかであり、また、仮に右修正を施さないまま印刷に付されたものであるとすれば、これがわいせつ図画に該当することもまた明らかである。

そこで、右修正により、本件各写真誌に掲載された写真の性的刺戟の程度が著しく減殺され、「わいせつ」とされる程度に達しなくなつたか否かを検討するが、男女の性行為の場面を撮影した写真等においては、その性器及びその周辺部分を抹消したとしても直ちにそのわいせつ性が否定されるわけではなく、その抹消後においても、なお残存部分により男女の性行為の場面であることを明らかに認識することができ、しかも、その残存部分のみから、あたかもこれを見る者の目前において公然と性行為が展開されている状況を彷彿させることにより、人の性欲を徒らに興奮又は刺戟させるものであれば、当該写真等をわいせつ図画と判断することは何ら妨げられないのである。

そして、本件各写真誌には、いずれも男女の性交あるいは女性が男性の性器を口にくわえる等の性戯をしている状況であることを明らかに認識することができる写真が掲載されており、前記のような修正を施した後においても、なお、これらの各写真における男女の姿態、写真の撮影角度及び修正した部分が小さいことのほか、これらの写真がカラー写真であることなどから、臨場感が大きく、人の官能に対する性的刺戟の程度が強いものであつて、徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものであると認められるのであるから、本件各写真誌はいずれも刑法一七五条にいうわいせつ図画に該当すると認められる。

二、刑法一七五条が憲法二一条に違反し、又は本件行為を処罰することが憲法二一条に違反するとの主張について

憲法二一条の保障する表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、公共の福祉によつて制限されるものであり、性的秩序を守り最少限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなすのであるから、わいせつ文書等の販売等を処罰する旨規定した刑法一七五条は憲法二一条に違反するものではないと解すべきことは、前記の最高裁判所の各判決において判示されているところであつて、当裁判所も右判断に従うものである。そして、本件各写真誌が前示のとおりわいせつ図画に該当する以上、その販売行為を処罰することは何ら憲法二一条に違反するものではない。

なお、弁護人は、本件各写真誌が販売されたことによりいかなる実害が発生したかについての証拠がない以上、本件販売行為を処罰することは憲法二一条に違反するとの趣旨の主張をしているが、わいせつ図画の販売等を規制している刑法一七五条の規定が憲法二一条に違反しないとされるのは、これらのわいせつ図画等が不特定、多数の者に公然と販売、販布されること自体が社会的法益である性的秩序に対する侵害となるからであつて、その結果として、例えば成人ないしは青少年の犯罪等の反社会的行動を招来した等の具体的かつ現実の弊害が発生したり、あるいはその具体的危険が生じたことをもつて処罰の要件としなければ憲法二一条に違反するというわけではなく、弁護人の右見解は採用することができない。

三、被告人には故意がなく又は責任阻却事由があるとの主張について

弁護人は、被告人が本件各写真誌がわいせつ図画に該当するものであるとの認識を欠いており、右認識を欠いたことには相当の理由があると主張し、その理由として、1、被告人が税関における修正方法に従い、これと同様の方法により本件各写真誌の性器部分を修正したこと、2、本件と同種の写真誌が取締を受けることなく多数出版販売されていること、の二点をあげている。

第二回公判調書中の証人居村方治、同中上川仁、被告人の各供述記載等の証拠によれば、わが国に輸入される男女の性行為を扱つた写真誌等のうち性器の周辺を印刷の段階で黒色に塗りつぶして修正してあるものは、税関長の輸入許可がなされ、このような修正がなされていないものについては、税関職員の指導により、性器の写つている周辺部分に紙やすりをかけて印刷を抹消する等の方法により修正がなされた後、輸入許可がなされていることが認められる。もつとも修正の方法は右のとおりであるにしても、どの程度の部分が右方法により抹消されていれば輸入許可がなされるのかの点については明らかでないのであるが、仮に、本件各写真誌と同程度に修正された写真等につき輸入許可がなされた例があつたとしても、税関における審査は大量処理を余儀なくされており(この点は右居村の供述記載により窺われる。)、必ずしも十分な審査をなし得ないものと認められるうえ、税関長は、写真誌等のわいせつ性の判断をする最終的な権限を有しているわけではなく、却つて、この種の書籍の輸入を過度に制限すれば、行政機関による表現の自由の侵害という弊害を招来することになりかねないのであつて、このような税関における審査の実状及びその性格等を考慮すれば、同種の写真誌が税関長により輸入を許可された例があるとの一事をもつて、被告人が本件各写真誌をわいせつでないと信じたことに正当の理由があるとすることはできないものと判断せざるを得ない。

また、弁護人提出の写真誌(昭和五二年押第一九五四号の一五ないし二〇、二三ないし二五)及び前記居村、中上川、被告人の各供述記載等の証拠によれば、男女の性行為等の状況を撮影した写真の性器及びその周辺部分を黒色で塗りつぶして修正したものを掲載した写真誌が処罰されることなく販売されており、被告人と同種の業者の間では、性器の部分さえ抹消すればわいせつ性が除去されるものと信じられているふしがあることが認められるのであるが、性器の部分を抹消しさえすればわいせつ性が失われるものでないことは前示のとおりであり、これと同趣旨の裁判例も存するのであるから、(東京高等裁判所昭和五〇年二月六日判決・刑事裁判月報七巻二号六七頁等参照)、性器の部分を抹消したとしても、その抹消の程度のほか前示のような諸要素の存在することによりわいせつ図画に該当する場合もあり得ることは、当然被告人も認識し得たはずであるし、また仮に、本件各写真誌と同程度の性的刺戟を伴う写真誌が販売され、しかもそれが処罰を免れているという例があつたとしても、このことをもつて、直ちに被告人が本件各写真誌をわいせつでないと信じたことにつき正当の理由があつたものと認めることはできない。

四、本件行為には可罰的違法性がないとの主張について

弁護人は、以前と比較して格段の性的表現の自由化が実現されているわが国の近時の社会的風俗等の現状を考慮すると、本件のように一定の修正が加えられている写真誌までをも処罰の対象とする必要はなく、本件行為には可罰的違法性がないと主張する。

前示のとおり、性を扱つた写真等においては性的刺戟を伴うのが通例であるが、この性的刺戟の程度には多様の差異が存するのであり、このうち一定の程度に達したものがわいせつ図画等として処罰の対象とされるものであるところ、具体的な図画等が「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」程度の性的刺戟を伴つているか否かを判断するに当つては、憲法の保障する表現の自由に対する制限が必要最少限度のものとなるよう配慮することはもとより、当該図画の販売等がなされた時点での性に関する社会的風潮等の諸事情を考慮しているのであるから、わいせつ図画に該当するとされながら、なお、性的刺戟が少ないために可罰的違法性を欠くという事態はあり得ないものと解される。

もとより、わいせつ図画に該当するものであつても、その中で性的刺戟の程度に強弱の差異が存することは否定し得ないところであるが、このような事情は量刑に当たり考慮することは格別、可罰的違法性の存否には影響を及ぼさないものと解すべきである。

(法令の適用)

罰条 刑法一七五条、罰金等臨時措置法三条一項一号

刑種の選択 罰金刑選択

併合罪の処理 刑法四五条前段、四八条二項

労役場留置 同法一八条

没収 同法一九条一項一号、二項

訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

被告人は、判示のとおり多数のわいせつ図画を販売し、しかも本件犯罪の中には保釈中に敢行した事実も含まれているのであつて、その罪責は決して軽いものではない。

しかしながら、本件各写真誌は、いずれも性器の部分を黒色で抹消し一応の修正を施した写真を掲載しているものであつて、わいせつ性の程度が特に強いものと認めることはできず、また、右のように修正を施したのは、被告人と同種の業者の間では、性器の部分を抹消しさえすればわいせつ性が除去されるものと信じられていたことから、これに従つたためであると認めることができるのであり、被告人の意図としては法律に牴触しない範囲において写真誌を製作販売しようとしていたことが窺われること、更に被告人は当公判廷においても、判決によつてわいせつの基準が示されればそれに従う旨供述していることを考慮すれば、被告人の法を無視する態度が著しいとは認め難く、却つて、判決によりわいせつの基準が具体的に示されれば、これに従うことを一応期待することができるものと認められる。

以上のような情状を考慮すると、被告人に対しては敢えて体刑をもつて臨む必要はないものと認められるのであつて、罰金刑を選択したうえ、主文のとおり量刑するのが相当であると判断した。

よつて主文のとおり判決する。

別表

<省略>

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